201511260201

「ケネス・アーノルドUFO目撃事件」とは、1947年6月24日にアメリカ人のケネス・アーノルドが、ワシントン州のカスケード山脈上空で謎の飛行物体を目撃したという、世界初の正式な未確認飛行物体の目撃事件のことである。彼の目撃証言から「空飛ぶ円盤」という言葉が生まれ、この事件をきっかけとして、世界中の人々の間で「UFO」の存在が広く知られるようになった。
スポンサーリンク

このUFO目撃事件の詳細

1947年6月24日、アメリカ人で消防機器会社の社長を務めるケネス・アーノルドは、アメリカ合衆国ワシントン州のカスケード山脈にある、レーニア山付近の上空約2,900mを自家用機に乗って飛行していた。彼はアメリカ空軍からの要請を受け、前日に消息を絶ったという、海兵隊の輸送機を捜索していたのである。

午後2時59分頃、彼はレーニア山付近の上空にて、遥か北にあるベイカー山方面から飛んでくる、9つの謎の飛行物体を目撃する。その飛行物体は眩い光を放っており、鎖のように一直線に繋がっていたという。最初、彼はその飛行物体をジェット機だと考えたが、よく観察してみると、その物体には尾部が見当たらず、平たい形状をしており、ジェットエンジンの音などは全く聞こえなかった。

その飛行物体は数秒間隔で急上昇・急降下を繰り返し、大きく揺れながらアダムズ山の最南部の峰を飛び越えていった。その後、彼はアメリカ空軍へこの飛行物体の目撃報告を行ったという。

マスコミによる報道

201511260202

この「ケネス・アーノルドUFO目撃事件」の存在を知った地元アメリカのマスコミは、この事件を大々的に報道し、瞬く間にこのニュースはアメリカ全土へと広まっていった。

また、後日開かれた記者会見において、アーノルドがその物体を説明する際に「水面を跳ねる、コーヒー皿のような飛び方をしていた」と発言したことから、「空飛ぶ円盤(フライング・ソーサー)」という言葉が誕生し、世界中で一大UFOブームが巻き起こり、その存在が人々の間で広く知られるようになった。

デビッド・ジョンソンによる調査

1947年7月6日、アーノルドの親友であり、新聞記者のデビッド・ジョンソンは、この目撃事件の調査を開始した。彼は自家用機を操縦し、アーノルドが謎の飛行物体を目撃したと証言する地点を飛行していたところ、彼は極めて不規則な動きをする、黒い円盤型の物体を目撃する。同時刻、この地域で熱気球などは飛んでいなかった。

彼は自家用機を操縦しながら、カメラを手に取り、その飛行物体に接近したところ、その飛行物体は横転を始め、瞬時に姿を消したという。結果的に、その飛行物体の姿を写真に収めることはできなかった。

その後、彼が行った聞き取り調査により、この地域の付近では飛行場の職員を始め、何人もの人々が謎の飛行物体を目撃していたことが判明する。またユナイテッド航空の機長からも、同様の飛行物体を目撃したことがあるという証言が得られたという。

その真相とは?

201511260203

この目撃事件については、アメリカ空軍のUFO調査機関「プロジェクト・ブルーブック」とアメリカ連邦捜査局(FBI)の初代長官ジョン・エドガー・フーヴァーが発足させた調査機関が調査を行っているが、どちらもアーノルドの証言に偽りは無く、事実を述べているという結論には至ったものの、謎の飛行物体の正体については、結局突き止めることができなかった。

アーノルドの目撃証言と彼自身が行った測定データを元に推測すると、その飛行物体の編隊は全長8km、一機の長さは8m、飛行速度は2,700kmにも達しており、当時の技術では考えられない数値になる。

また世界中の懐疑的なUFO研究家からは、その物体の正体について、隕石の一群だとする説、ペリカンの群れだとする説、錯覚・幻覚の類だとする説などが挙げられているが、その真相は定かではない。

現在では、この「ケネス・アーノルドUFO目撃事件」は、世界初の正式な未確認飛行物体の目撃事件として知られている。この目撃事件以降、爆発的に世界各地で未確認飛行物体の目撃談が多数報告されるようになった。また、6月24日は「UFOの日」とされており、世界中のUFOマニアの間では、盛大なイベントが開かれている。

関連動画

 

管理人から一言

オカルト好きなら、「ペヤング」ではなく、黙って「U.F.O.」。