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1988年4月16日に公開された、宮崎駿監督によるスタジオジブリを代表する人気アニメ映画「となりのトトロ」。この作品は、都会から田舎へと引っ越してきた姉妹のサツキとメイの、不思議な生き物「トトロ」との交流を描いたファンタジー作品である。しかし、この作品には「実は、トトロはサツキとメイを死の世界へと誘う、死神である」という都市伝説が存在する。
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「となりのトトロ」とは?

「となりのトトロ」とは、宮崎駿監督の指揮のもと、スタジオジブリによって製作され、1988年4月16日に公開された長編アニメーション作品のことである。この作品は、昭和30年代前半の日本を舞台としたファンタジー作品であり、高畑勲監督による作品「火垂るの墓」と同時上映された。

その後、キネマ旬報の「日本映画ベストテン」の第1位に輝くなど、日本映画の数々の賞を獲得し、現在では日本のみならず、海外からも高い評価をされている。

その物語のあらすじとは、下記のようなものである。

まもなく退院する予定の母親を、空気が綺麗な家で向かえるため、都会から田舎へと引っ越してきた、姉のサツキと幼い妹のメイ。新しい土地は自然に溢れており、見るもの聞くもの、珍しいものばかりだった。

ある日、サツキとメイは、大きな木の根元にある穴の中で不思議な生き物トトロに出会う。トトロは、古くからここに住み続けている森の主であり、その姿は子供にしか見ることができない。サツキとメイのトトロとの交流は、次第に深まっていく。

夏休みに入ったある日、母親が入院している病院から電報が届く。母親の病状が思わしくないと考えたメイは、母親のところへトウモロコシを届けるために一人で病院へと向かい、途中で迷子になってしまう。

サツキはメイの姿が見当たらないことに不安を抱き、メイを捜し始めるが、一向に見つからない。困り果てたサツキは、トトロに助けを求めるが…。


また糸井重里が考案した、この作品のキャッチコピー「このへんな生きものは まだ日本にいるのです。たぶん。」は、日本の優れたキャッチコピーの一つとして挙げられることが多い。

「となりのトトロ」にまつわる都市伝説

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この作品は、一見するとハッピーエンドのファンタジー作品に思われるが、この作品には「実は、トトロはサツキとメイを死の世界へと誘う、死神である」という都市伝説が存在する。つまり、メイは池で溺れて死んでおり、サツキはメイを捜すためにトトロに助けを求めた時にトトロに命を吸い取られ、死の世界を彷徨っているというのである。

その都市伝説の根拠とされているものは、主に下記の通りである。
  1. 池で見つかったサンダルは、メイが履いていたサンダルと色も形も同じである
  2. 物語の後半部分では、何故かサツキとメイの影が無くなっている
  3. サツキとメイと同じ子供であるカンタには、トトロの姿が見えていない
  4. サツキがメイを探しているシーンでは、一瞬だけ「メイ」という文字が刻まれたお地蔵さんが映っている
  5. サツキとメイが母親に直接会わず、トウモロコシだけを置いて帰ったのは、既にサツキとメイは死の世界にいるからである
  6. トトロのモデルは、北欧の国主にノルウェーの伝承に多く登場する、死神「トロール」である
  7. 記者発表の際、宮崎駿監督は「この映画は、サツキとメイの魂の解放なんです」という意味深な発言をしている
  8. この作品には、「幻の原作」と呼ばれる小説が存在しており、その内容とはサツキとメイの「地獄巡り」を描いた恐ろしい物語である
  9. 1963年5月1日に埼玉県の狭山市で起きた「狭山事件」という、残虐な事件を題材にしている
  10. 最後のエンディングは、まだサツキとメイが生きていた頃の回想シーンである

その真相とは?

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このように「となりのトトロ」にまつわる都市伝説には、いくつかの根拠が挙げられているが、結論から言えば、全て創作、あるいはデマである。


1. 池で見つかったサンダルは、メイが履いていたサンダルと色も形も同じである

→ 映像を見る限り、両方のサンダルは色も形も全く異なっており、本作の製作前に宮崎駿監督によって描かれた絵コンテを確認しても、全く別物のサンダルである。


2. 物語の後半部分では、何故かサツキとメイの影が無くなっている

→ 2007年5月1日、製作元のスタジオジブリが、公式サイト上で「後半部分で影が描かれていないのは、単純に不要だと判断したためである」と正式にコメントをしている。実際、後半部分は夕暮れであるため、前半部分と同じように影が描かれていれば、逆に不自然である。

また1988年6月30日に出版された、「となりのトトロ (ジブリ・ロマンアルバム) 」において、美術監督の男鹿和雄は、本作の製作前に宮崎駿監督から「今回の作品では、細かな背景描写で時間の経過を表す、新たな試みに挑戦する」と伝えられていたことをインタビューの中で述べている。

現在では、問い合わせが殺到したことから、誤解を避けるために修正が施されており、DVD・BD版、またテレビ放送用の映像では影が描かれている。


3. サツキとメイと同じ子供であるカンタには、トトロの姿が見えていない

→ そもそも、作中でカンタがトトロに遭遇するシーンは存在しない。


4. サツキがメイを探しているシーンでは、一瞬だけ「メイ」という文字が刻まれたお地蔵さんが映っている

→ メイが、お地蔵さんの近くで座り込むシーンが存在するのは事実だが、「メイ」という文字が刻まれたお地蔵さんは、該当シーンをコマ送りで再生しても、コントラストを調整しても確認できない。

また現実的に考えた場合、お墓ならともかく、お地蔵さんに人の名前を刻むという行為は謎である。


5. サツキとメイが母親に直接会わず、トウモロコシだけを置いて帰ったのは、既にサツキとメイは死の世界にいるからである

→ そもそも、メイが母親に会いに行こうと決意した理由は、「母親の病状が思わしくない」と考えたためである。つまり、二人の「お母さん笑ってるよ」、「大丈夫みたいだね」というやり取りからも分かる通り、母親の無事を確認できた時点で遠出の目的は達成されており、トウモロコシだけを置いて帰ったことは不自然なことではない。

また直接会わなかった理由として、「それまで母親に甘えていた二人の成長を表現しているのではないか」という意見もある。その後、サツキとメイは、おばあちゃんとの再会シーンが描かれており、メイに至っては、笑いながらおばあちゃんと抱き合っている。


6. トトロのモデルは、北欧の国主にノルウェーの伝承に多く登場する、死神「トロール」である

→ トロールは死神ではなく、毛むくじゃらで気の荒い、妖精の一種である。北欧の国々では、トロールは人々にイタズラをすることはあっても、命を奪うというような言い伝えは確認されていない。

またトトロというキャラクターは、宮崎駿監督が宮沢賢治の童話「どんぐりと山猫」を読んで連想したキャラクターのイメージが元となっている。宮崎駿監督は作品のモチーフとなった場所の一つとして、自信の自宅がある埼玉県の所沢市を挙げており、「トトロ」というキャラクターの名前は、地名の「トコロ」に由来したものだと考えられている。


7. 記者発表の際、宮崎駿監督は「この映画は、サツキとメイの魂の解放なんです」という意味深な発言をしている

→ このような発言がされた公式な記録は一切残っておらず、当時の記者発表の資料にも記されていない。

恐らく、完全な創作だと思われるが、この記者発表では「火垂るの墓」の製作発表も同時に行われていたため、両方の発言内容がごちゃ混ぜになって伝わってしまった可能性は考えられる。


8. この作品には、「幻の原作」と呼ばれる小説が存在しており、その内容とはサツキとメイの「地獄巡り」を描いた恐ろしい物語である

→ 本作には原作は存在せず、そのような小説も現在まで確認されていない。

宮崎駿監督は幼い少女を描くにあたり、絵本「あさえとちいさいいもうと」、「とんことり」などを参考にしたと述べているが、基本的には宮崎駿監督によるオリジナルの物語である。


9. 1963年5月1日に埼玉県の狭山市で起きた「狭山事件」という、残虐な事件を題材にしている

→ 実際に「狭山事件」と呼ばれる、残虐な事件が起きたことは事実である。一般的には「ある姉妹の妹が誘拐され、姉は必死になって妹を捜し回ったが、数日後、妹はバラバラ死体として発見された。その後、姉が錯乱状態で『化け猫を見た』、『大きな狸にあった』などと答えていた」という事件のことである。

しかし、実際には、この事件で姉が必死に探し回ったという記録や、妹がバラバラ死体となって発見されたという記録、また姉が錯乱状態で不可解な発言をしたという記録は一切残っておらず、現在では全て後付けされた創作だと考えられている。

これは作中に、埼玉県所沢市から東京都東村山市に掛けて広がる、「狭山丘陵」の地名を参考にして、「狭山茶」と書かれた箱などが登場するため、無理やり両者の共通点を見出した者による、誤った推測が広まってしまったものと考えられる。


10. 最後のエンディングは、まだサツキとメイが生きていた頃の回想シーンである

→ 「エンディングでは、父親と母親が若返っている」という情報も存在するが、映像を確認したところ、そのような容姿の変化は全く見られない。また父親と母親だけが若返り、サツキとメイは変化が無いというのも謎である。

サツキとメイの服には、小さなトトロの刺繍が縫い付けられており、これは「トトロと出会った後」であることを表している。また背景には枯れ葉が舞い落ち、秋の収穫の様子が描かれており、夏が過ぎ去って秋が訪れるという、作中の時系列に沿っている。

また引っ越し後に出会った、カンタとおばあちゃんの姿が描かれており、このエンディングが回想シーンだとは考えられない。


これらの都市伝説は、2001年12月10日に出版された文芸評論家・清水正の「宮崎駿を読む 母性とカオスのファンタジー」の中における、「サツキとメイの母親は、死亡している」という自説の記述が初出だとされている。

その後、インターネット上を中心に一見すると真実だと思われるような情報が、いくつも脚色され、日本全国へ広まってしまったものだと考えられる。

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管理人から一言

スタジオジブリの作品は、大好きです…。