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「ジェラルド・クロワゼット」とは、多くの殺人事件や失踪事件などを透視によって解決したという、オランダ人の超能力者のことである。彼は物体に残った人間の思考や感情を読み取ることができるという、「サイコメトリー」の能力を持っていたと言われており、オランダ国内では「ユトレヒトの魔術師」などと呼ばれていたという。日本国内では、1976年5月5日に現在のテレビ朝日によって放送された「水曜スペシャル」内において、その当時、行方不明となっていた少女の遺体を透視によって発見しており、大きな騒動となった。
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ジェラルド・クロワゼットの生涯

1909年3月10日、ジェラルド・クロワゼットはオランダの北ホラント州にある都市ラーレンで生まれた。彼は幼い頃から、周りの人々の死ぬ時期を言い当てるなど、不思議な能力を持っていたという。

1945年、クロワゼットはオランダのユトレヒト大学にてウィルヘルム・H・C・テンヘフ教授による、超心理学の講演を聞くことになる。その後、彼はテンヘフ教授に頼み込み、自らの透視能力についてのテストを行ってもらう。その結果、彼は他の被験者とは比べものにならないほどの高い透視能力を持っていることが判明した。

そのため、テンヘフ教授はクロワゼットを研究の対象としてその透視能力についてのデータを細かく記録し、またクロワゼットはテンヘフ教授の検証や、地元警察からの捜査の依頼に協力できるようにユトレヒト大学の近くへと引っ越しを行った。

1980年7月20日、クロワゼットは71歳で他界しているが、透視能力に目覚めてから亡くなるまでの約30年間、一週間に約12件ほどの行方不明者の捜索などに関する相談を受けており、その相談数は約20,000件にも及んだという。

またテンヘフ教授も1981年7月9日に87歳で他界しているが、テンヘフ教授によって記録されたクロワゼットの透視能力についての研究や、クロワゼットによる事件の捜査に関する大量の情報はユトレヒト大学に残されており、現在でも大切に保管されているという。

「水曜スペシャル」での遺体の発見

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1976年5月5日、現在のテレビ朝日によって放送された特別番組「水曜スペシャル」において、その当時、千葉県市原市で行方不明となっていた7歳の少女の居場所をジェラルド・クロワゼットの透視によって探し出すという試みがなされた。

番組放送の二日前である、1976年5月3日に来日したクロワゼットは、翌日の1976年5月4日の午後15時頃にテレビ朝日の応接室で透視を開始した。この透視では、行方不明事件の大まかな概要のみが彼に伝えられており、その他の細かな情報は彼には伝えられてはいなかったという。

この時、クロワゼットは番組スタッフから渡された少女の写真をしばらくの間、じっと眺めた後「残念だが、この子はすでに亡くなっている」と言い、少女の自宅周辺と遺体がある場所の地図を紙に描き始めた。

クロワゼットによる、透視の内容は下記の通りである。
  • 少女の自宅の前には国道があり、その近くには貯水池がある
  • 自動車のスクラップ置き場があり、その近くには子供の遊び場がある
  • 黄色い建物の店があり、その近くには桟橋とボートがある
  • 水中から何かが飛び出している
  • 岸から約20mほど離れたところに「赤いもの」が見える
このクロワゼットによる透視の内容に驚いた番組スタッフは、千葉県市原市の地図を取り出し、彼が紙に描いた地図と一致する場所を探した。その結果、工業用水のために造られた山倉ダムの周辺が、彼による透視の内容にとても似ていることがわかった。

翌日の1976年5月5日の午前6時頃、番組スタッフが山倉ダムの周辺を捜索したところ、山倉ダムに浮かぶ赤いブラウスを着た少女の遺体をカメラマンが発見した。この番組スタッフが遺体を発見するというショッキングな映像は、「水曜スペシャル」内で放送されて当時は大きな騒動となり、その視聴率は30.5%という驚異的な数字を記録している。

その真相とは?

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ジェラルド・クロワゼットがこの番組のために来日したのは、番組放送の二日前である1976年5月3日だが、その後、翌日の1976年5月4日の午後15時頃までなぜかホテルに閉じこもっている。そして、この間の時間帯にテレビ朝日によって放送されていたワイドショー番組「アフタヌーンショー」内において、この少女の行方不明事件が取り上げられていたことが判明している。そのため、少女の自宅周辺の様子や少女が赤いブラウスを着ていたという情報を彼が事前に知っていた可能性がある。

番組側は透視に先立って、この行方不明事件の大まかな概要のみをクロワゼットに伝え、その他の細かな情報は彼には伝えていないと主張しているが、実際には映像にも残っている通り、その透視の際には彼の質問に対して番組スタッフが答えてしまっているため、結果的には彼に情報を与えてしまっている。そのため、彼は一度話した大まかな透視の内容を番組スタッフからの情報に応じて、自らの都合の良いようにその場で解釈し直すことが可能となっており、状況的に考えて正当な意味での透視が行われていたとは言い難いものとなっている。

当時の地元警察の署長が、番組のインタビューに対して感謝を伝えた後で「ただ、本日中に山倉ダムを捜索する予定だったので、時間は遅れていたかもしれないが、結果的に遺体は発見されていたと考えている」というような発言をしている。実際、この番組スタッフが遺体を発見したのは1976年5月5日の午前6時頃だが、その三時間後の1976年5月5日の午前9時頃には、機動隊と住民の総勢300人による山倉ダムの大捜索が計画されていた。そのため、クロワゼットと番組スタッフが事前にこの情報を入手していた可能性もあり、その場合、番組スタッフによる捜索が午前6時頃という朝早い時間帯に行われたことも頷ける。

また1976年5月5日に放送された「水曜スペシャル」では、この少女の行方不明事件以外にも、二つの行方不明事件についてクロワゼットが透視を行っているが、その結果は行方不明者の捜索には全く役に立たないものであり、結局、行方不明者の発見には至っていない。また同年の1976年12月には二度目の来日を果たし、新たに行方不明となっている二人の幼い少年・少女の居場所を透視しているが、結局、こちらも少年・少女の発見には至らなかった。

これらのことから、「水曜スペシャル」内でのクロワゼットの透視による遺体の発見については、何らかの手段によって彼は事前に情報を入手しており、その情報から推測される場所を話したものが、偶然に当たっただけだというシナリオが、もっとも現実的なものとして考えられる。

ちなみにジャーナリストのピート・ハイン・フーベンスという人物が、クロワゼットが持つという超能力の信憑性について調査した結果、ウィルヘルム・H・C・テンヘフ教授がユトレヒト大学に残したという、クロワゼットの透視能力についての研究や、クロワゼットによる事件の捜査に関する大量の記録については、そのデータは全く信用できないものであると結論付けられている。またフーベンスはユトレヒトの地元警察から「クロワゼットに対して、警察側から公式に捜査の依頼をしたという事実は一切ない」という回答が得られたことを公表している。

そのため、現在ではクロワゼットが自ら事件に首を突っ込み、透視を称して多くの憶測を並べ立て、偶然に当たったものだけを言い広めていたという見方が強いものとなっている。

関連動画

この動画は、念動力を持つ司祭に扮した人物が、何も知らない通行人を驚かせるというドッキリ企画の映像である。もしも、ある日突然として超能力に目覚めてしまったとしても、このような悪用をしないように注意していただきたい。



管理人から一言

洋服をスケスケにする透視能力なら、少しほしいです…。