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「トーマス・マンテル大尉機墜落事件」とは、1948年1月8日にアメリカ合衆国のケンタッキー州にあるゴッドマン空軍基地付近にて発生した、謎の未確認飛行物体を追跡していたアメリカ空軍機が、突如として通信が途絶えた後に墜落したという事件のことである。その戦闘機を操縦していたのは、当時25歳のトーマス・F・マンテル大尉であり、後にマンテル大尉は基地から約150kmほど離れた場所で機体の残骸とともに遺体となって発見されている。この事件当時、アメリカ国内では、マスコミによって「マンテル大尉機は、未確認飛行物体から何らかの攻撃を受けたために墜落したのではないか」という報道が多くされていたため、マンテル大尉の名は「UFOによる、初めての犠牲者」として広く知られることになった。

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「トーマス・マンテル大尉機墜落事件」の詳細

1948年1月8日の午後1時頃、アメリカ合衆国のケンタッキー州にあるゴッドマン空軍基地には、ケンタッキー州に住む、何人もの市民から謎の未確認飛行物体の目撃報告が寄せられていた。それらの目撃情報によれば、その物体は銀色をしており、とても巨大で形状を変えながら上空を飛行しているのだという。

同日の午後1時45分頃、ゴッドマン空軍基地の管制塔でも、直径100mほどの巨大な未確認飛行物体の姿が確認された。その物体は基地の上空に侵入してきたため、基地内は突如として警戒態勢に入った。

ゴッドマン空軍基地の主任管制官であるブラックウェル技術軍曹は、その物体が旧ソ連による新型の機体である可能性を考え、その付近を戦闘機のP-51に搭乗して訓練飛行していた、当時25歳のトーマス・F・マンテル大尉率いる四機に対し、未確認飛行物体を追跡するように指令した。しかし、マンテル大尉機を除いた他の三機は、燃料不足のために追跡を途中で断念している。

同日の午後2時45分頃、マンテル大尉機からゴッドマン空軍基地へと無線連絡が入った。その連絡の内容とは、「未確認飛行物体は金属製であり、途方もないほど大きい」、「未確認飛行物体は、さらに上昇を続けている」、「高度7,000フィートまでに追いつけなければ、追跡を断念する」というものだった。

しかし、同日の午後3時15分頃、突如としてマンテル大尉機との通信が途絶え、そのままマンテル大尉機は消息を絶った。その約1時間後である、同日の午後4時15分頃、ゴッドマン空軍基地から約150kmほど離れたところにあるフランクリン郡の農場にて、バラバラとなったマンテル大尉機の残骸とマンテル大尉の遺体が発見された。この時、マンテル大尉の遺体が身につけていた腕時計の針は、「3時18分」のところで止まっていたという。

「プロジェクト・サイン」による発表

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このトーマス・マンテル大尉機墜落事件が発生してから約二週間後、アメリカ空軍のUFO研究機関「プロジェクト・サイン」が設立された。このUFO研究機関は、後の「プロジェクト・ブルーブック」の前身となる機関である。

プロジェクト・サインの発表によれば、この事件で目撃された未確認飛行物体の正体は「金星」であり、マンテル大尉は最終的に高度30,000フィートまで上昇したため、酸欠状態に陥って意識を失い、そのまま墜落したのだという。

しかし、この「未確認飛行物体=金星」説は、プロジェクト・サインの顧問である天文学者のJ・アレン・ハイネック博士の意見に従ったものではあるものの、マンテル大尉は、アメリカ空軍では名誉勲章に次いで二番目に高位の勲章とされる、「空軍殊勲十字章」を授与されているほどの英雄であり、昼間に謎の飛行物体と金星を見誤るとは考え難く、市民からの理解は得られなかった。

そのため、マスコミによる報道では、「未確認飛行物体からマンテル大尉機に向かって、レーザーが発射されていた」、「実はマンテル大尉機の残骸は発見されているものの、マンテル大尉の遺体は姿を消していた」、「マンテル大尉の遺体は、大量の銃弾を浴びたような状態になっていた」などの出所不明の情報が錯綜し、アメリカ国内はパニック状態に陥ることになった。

その真相とは?

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最初のプロジェクト・サインの発表から約一年後、プロジェクト・サインは二度目の発表を行っており、「トーマス・マンテル大尉機墜落事件における、未確認飛行物体の正体は『金星』ではなく、実は『スカイフック気球』だった」というように説明を変えている。

「スカイフック気球」とは、1940年代から1950年代頃にかけて、アメリカ海軍によって極秘で飛ばされていた無人気球のことである。その目的とは、「気象観測のためのデータ収集」、「宇宙開発のためのデータ収集」、「旧ソ連への航空偵察」などであり、その気球は高度30,000mまで上昇可能で高さ180m、直径30mほどの巨大なものだったという。

この事件当時、スカイフック気球の存在はアメリカ海軍における機密事項の一つとされており、アメリカ海軍とアメリカ空軍の間では情報が共有されていなかった。またケンタッキー州の市民による目撃情報に含まれている、「銀色のような色をしていた」、「とても巨大だった」、「形状を変えていた」という特徴にも一致しており、現在ではこの説が有力だとされている。

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管理人から一言

高さ180mの気球。一度、実際に見てみたいですね…。