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「水槽の脳」とは、哲学者ヒラリー・パトナムによって提唱された懐疑的な思考実験の一つであり、「この世界は、全てバーチャルリアリティであって、実際の我々は水槽に浮かぶ脳に過ぎないのではないか」という仮説のことである。
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この思考実験の詳細

ある科学者が、人の頭部から脳を取り出し、その脳を培養液で満たされた水槽へと入れる。そして、脳の神経細胞を脳波の操作が可能な高性能コンピュータへと繋ぐ。この時、人の意識は脳の活動によって生じるため、水槽の中の脳は通常の人と同じような意識が生まれるはずである。

このように「我々が現実に存在すると思っている『この世界』は、実は水槽の中の脳が見ている、『仮想現実』なのかもしれない」という仮説である。この仮説は「水槽脳仮説」とも呼ばれ、哲学者ルネ・デカルトが方法的懐疑として行った「夢の懐疑」との現代版ともされている。

また、この仮説は世界的な大ヒットとなった、人気映画「マトリックス」の着想に大きな影響を与えたと言われている。

ヒラリー・パトナムによる説明

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パトナム自身の説明によれば、この思考実験の目的は懐疑主義ではなく、形而上学的実在論の否定である。形而上学的実在論は、「人間が世界を認識する方法」と「世界が実際に存在する方法」の間に相違があることを前提にしている。水槽の中の脳の人物は本物の脳を見たことがないため、彼が何かを見たと言っても、それは実際には配線を通じて彼に与えられたイメージでしかない。同様に彼の水槽についてのイメージも、本当の水槽を指し示しているわけではない。つまり、彼が「私は水槽の中の脳だ」と言ったとしても、それは実際には「私は水槽のイメージの中にある、脳のイメージだ」と言っているに過ぎず、脳の実在性について語れていない。

しかし、彼が実は水槽の中の脳でないとすれば、彼は反対のことを言っていることになる。これは知識や正当化は心に外在する要因に依存しており、純粋に内的には決定されないということの証明になる。

クリスピン・ライトによる批判

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この仮説については、これまでに様々な場で議論が行われ、同時に批判にさらされてきた。下記は哲学者クリスピン・ライトによる批判である。

ライトによれば、パトナムによる「水槽の脳」の議論は射程が狭すぎて、懐疑主義全般を論駁するものになっていない。仮に、ある人物が科学者によって脳を水槽漬けにされる以前に水槽の外で生活していたのであれば、その人物が水槽の中で目覚めた時にも、その人物の言葉と思考が指示している対象や出来事は以前に水槽の外で暮らしていた時に指示していたものと同一であるだろう。

もう一つのシナリオとして、水槽の中の脳が高性能コンピュータに繋がれており、この高性能コンピュータが知覚経験をランダムに生成しているとする。この場合、水槽の中の脳の言葉と思考は何も指示しておらず、そのために内容を欠いている。これは意味論は存在せず、議論には意味が無くなることになる。

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管理人から一言

「マトリックス」を見たくなりますね…。