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「ハリー・フーディーニ」とは、1900年~1920年代頃に活躍したハンガリー・ブダペスト出身の奇術師である。現在でも「アメリカで最も有名な奇術師」と呼ばれており、また超能力や心霊術などのイカサマを暴露する、「サイキックハンター」としても名を馳せた。その最期は、自らの死を持って霊界の存在を証明しようとしたことでも知られている。
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その生い立ち

1874年3月24日、「ハリー・フーディーニ」(本名:エーリッヒ・ワイス)は、ハンガリー共和国の首都ブダペストで生を受ける。その後、幼少時代に両親と共にアメリカへと移住し、1891年にアメリカで出版された「霊媒術の暴露」という霊媒のトリックを解説した本を読んだことがきっかけとなり、17歳の頃にプロのマジシャンへの道を志すことになる。

彼は脱出術を得意とし、各国の警察の留置場や刑務所で手錠をしている状態からの脱出を行い、徐々に知名度を高めていった。その後、マスコミを利用して自らを「脱出王」などと称し、当時のアメリカのトップスターへと上り詰めた。

またその甘いマスクから特に女性からの人気は高く、俳優としても活躍しており、数本の映画にも出演している。

母の死と本物の霊媒師探し

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フーディーニは最愛の母・セシリアの死に伴い、母と生前に決めておいた「合言葉」を伝えることができる、本物の霊媒師を探し始めた。彼は単純に本物の霊媒師に会うことで、亡くなった母と交信をしたかったのだ。

しかし、結局合言葉を伝えることができた霊媒師は一人も現れなかった。このことに憤りを感じた彼は、自身の優れた知識と洞察力を用いてイカサマ霊媒師のトリックを暴き、「サイキックハンター」としても世間に名を轟かせた。

フーディーニの死と霊界の証明

1926年、「腹部を強く殴られても全く平然としていられる」というような芸の準備をしている最中、突然楽屋に現れた大学生に腹部を殴られ、そのことが原因と見られる急性虫垂炎で同年10月31日に死亡する。

しかし、彼は母を亡くした時同様、妻・ベスとの間に二人だけしか知らないある「合言葉」を決めておいた。彼はこの合言葉を持ってして、その霊媒師が本物か偽物か、また霊界の存在そのものを証明しようとしたのだ。

その後、ベスは「この合言葉を伝えることができた霊媒師には、賞金1万ドル(現在の日本円で約1000万円)を支払うことを約束する」とし、世間に公表した。

フーディーニの合言葉と暗号

1928年2月9日、生前のフーディーニが母と決めておいた合言葉を言い当てることができた霊媒師が現れた。彼の名は、霊媒師アーサー・フォードという。彼は、「フーディーニとその母との合言葉は、『FORGIVE(許して)』である」とベスに伝えた。ベスは大変驚きながらも、この合言葉が正しいものであることを認め、新聞に署名入りの公開文を掲載した。

続く、1928年11月、フォードからベスへ、フーディーニとの最初の合言葉が伝えられた。その言葉とは「ROSABELL(ロザベル)」というものであった。

その後、1929年1月8日、フォードからベスへ、第二の合言葉として「ANSWER」、「TELL」、「PRAY.」、「ANSWER」、「LOOK」、「TELL」、「ANSWER.」、「ANSWER」、「TELL」という九つの言葉が伝えられた。彼によると、「フーディーニは、『これは私とベスだけが解読することができる暗号であり、ある一つの言葉の綴りとなる』と言ってる」と伝え、実際にこの九つの言葉からなる暗号を解読してみせた。それによって現れた言葉は、「BELIEVE」(ビリーブ)」というものであった。

最初の合言葉と繋げると、「Rosabelle believe(ロザベル、信じなさい)」という言葉になる。

この言葉こそ、ベスが長年待ち望んでいたものであった。こうして、霊界からフーディニのメッセージが伝えられたのである。この翌日、1929年1月9日に彼女は、事実の正当性を認める宣誓供述書に署名し、新聞社に広く報道させた。

その真相とは?

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しかし、この物語にはその続きが存在する。

それは、フーディーニとその母との合言葉は、実はベスが過去にインタビューでほぼ全て発言してしまっていたのだ。また「フーディーニの暗号」に関しては、彼の伝記にある暗号の解読法を組み合わせれば解けるということが判明している。

つまり、霊媒師であるフォードは事前にこれらの言葉を探り当てていたのだ。後日、ベスは宣誓を撤回し、それ以降、彼女が霊界からフーディーニの言葉を聞くことは二度と無かった。

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管理人から一言

「ポケモン」のフーディン、結構好きでした…。